結婚とは「ナマモノ」である。
ちょっと愚痴めいてしまったが、私が言いたいのは、結婚したときの理由を最後まで貫き通すのはなかなかむずかしいということだ。
だからこそ、結婚するなんて、は理由がたくさんあったほうがいいと思うのだ。
あちらが駄目ならこちらがあるというわけで、私はそれを「結婚の二重安全装置」と呼びたい。
飛行機にはまさかのときに備えて、安全のための措置が何重にもとられているという。危機を回避する手段を複数にしておくことで、より安全性を高めるのである。
たとえ一つ間違いを犯しても、もう一つの安全装置によってそれをフォローするというわけだ。誰だって、結婚したときの当初の理由を見失うこともあるだろう。
なにしろ、日々移り変わる人がすることなのである。こうしようと心に決めていても、実現不可能な願いだったと思い知ることも出てくるだろう。
そんなときは、結婚している理由を新しく探すしかない。「結婚したときの気持ちをずっとそのままに保ちたい」と言うのは簡単だが、実際には実現不可能なのではあるまいか。
少なくとも実現できない望みを胸に抱いて文句ばかり言っているようでは、素敵な結婚はあり得ない。私は、自分が保守的で、物事の変化に弱いとよくわかっている。
だからこそ、自戒をこめてわが身に言い聞かせたいのだ。「自分をファジーな状態にしておきなさいね。結婚したときの理由に固執するのは、何年も前の亡霊にしがみついているのと同じよ」、と。
結婚はいわばナマモノである。
刻一刻と変化する。当然、結婚している理由も、次々と新しく生み出していくべきなのだ。
結婚すると、夫婦の財布は一つになる。妻が専業主婦である夫婦に限ったことではない。
共稼ぎで生活費を折半していようとも、夫婦としての財布は一つだろう。できることなら「夫の財布は妻のもの、妻の財布はもちろん妻のもの」と、宣言して暮らしたいが、現実にはなかなかそうはいかない。
周囲の主婦たちを見ていると、むしろその反対の思いを胸に抱いているようだ。何かを買うとき、夫の許可を仰いでからでないとお金を使えない妻のなんと多いことだろう。
かく言う私もそのひとりで、専業主婦だった頃も、エッセイを書くようになってからも、何かを買うときは必ず夫に聞いている。何も聞かずに買うのは、ご飯の材料と日用雑貨くらいだ。
夫が命じたわけでもないのに、なぜかそういう習慣がついてしまった。先日も「ファンデーションとマスカラなくなっちゃったから、買っていい?」と尋ね、「いちいちうるさいな。いるものは買えばいいだろ。そもそもファンデーションとマスカラってなんのことさ」と、あきれられた。
いくらあきれられても、妻というのは何かを買うとき躊躇するものなのだ。とくに自分のものを買うときは、罪悪感に近い思いを持つ人が多い。
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